白紙に戻った仙台市ガス事業民営化、自由化に対する官民の温度差が浮き彫りに【エネルギー自由化コラム】
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国内最大の公営都市ガス事業である仙台市ガスの民営化が白紙に戻りました。事業譲渡先の公募に応じた東北電力など4社の企業グループの提案を市が受け入れず、「優先交渉権者該当なし」と判断したためです。市は引き続き民営化を進めるとしていますが、自由化で競争が激化する都市ガス市場に対する行政と民間企業の温度差が大きく、先行きを読めない状況に陥っています。
市議会で市の対応に疑問の声も
「素晴らしい報告が聞けると思ったが、予想もしない結論だった」「(企業グループの提案は)事業者の肌感覚からして堅実な試算だったと思う」。仙台市議会の9月定例会は本会議の質疑に入ると、都市ガス事業の民営化が白紙に戻ったことに首をひねる声が相次いで市議から上がりました。
会派代表質問では、最大会派・自民党の岡部恒司氏が「市が『公』として求めたものと、応募者が『民』として考えたことの間にずれがあったのではないか」と指摘しました。公明党市議団の鎌田城行氏は企業グループが譲渡後の5年間で約2万件の需要が減ると予測したことについて「堅実な試算」と評価し、市がガス事業の永続発展と整合しないと判断したことに疑問を投げかけました。
一般質問では、市民フォーラム仙台の加藤健一氏が公営ガス第2位の大手だった滋賀県大津市の民営化事例を挙げ、「大津市では民営化で約4000件の利用者減があった。民営化すれば市場の競争環境が進展する。一定の需要減を想定するのは当然ではないか」と市の判断を批判しました。
郡市長は「利用者急減予測に納得できない」と反論
これに対し、氏家道也ガス事業管理者は「民営化の趣旨について応募者と共通理解を持つ枠組みが十分ではなかった」と意見のかい離が生まれた背景に市側の不備があったことを認めました。
しかし、企業グループの需要減予測を問題視した市の判断について、郡和子市長は「市の人口はしばらく増加傾向にある。それが民営化した途端に利用者が大きく減るという予測には納得できない」と反論しました。
さらに、「暮らしの利便性とか料金がこれくらい安くなるとか、いろいろな取り組みが明確に示されることが望ましい。(企業グループの提案は)その点が残念だった」と白紙に戻した理由を説明しました。
東北電力は需要予測の妥当性を強調
仙台市のガス事業譲渡先公募には、東北電力のほか、東京ガス、石油資源開発、地元商社のカメイで構成する企業グループだけが応募しました。企業グループは仙台市ガスの2020年度末の利用者約34万件が民営化後5年間で約2万人減ると予測し、譲渡価格も応募条件下限の400億円しか示しませんでした。
都市ガス小売りが全面自由化された中、公営ガス事業が民営化されたのをきっかけに、競争が一気に激化する事例が全国で見られます。福岡県久留米市の久留米ガスのように公営ガス事業を継承し、利用者を増やした事例がある一方、大津市では都市ガス事業運営権がコンセッション方式で市から大阪ガスなどが設立したびわ湖ブルーエナジーに移ったあと、関西電力が安値で攻勢をかけていました。
企業グループは競争が激化した地域が多い点を重視し、民間企業として慎重な判断を示したとみられます。東北電力は「これまでの電力、ガス事業で培ってきた知見を生かし、最大限の提案をさせていただいた」と予測の妥当性を強調しています。
有識者の推進委員会が「該当なし」と答申
企業グループの提案は市のガス事業民営化推進委員会(委員長・橘川武郎国際大副学長)で審議しました。委員会は大学教員、弁護士、公認会計士、商工会議所役員ら6人の有識者で構成され、審議結果を郡市長に答申しました。
結果は200点満点中、半分にも満たない85.3点。事業譲渡後の5年間で約2万件の需要が減ると予測した点については、「民営化計画で掲げるガス事業の永続的発展という基本的趣旨が十分にくみ取られていない」と指摘しました。譲り受け希望価格を最低譲渡価格としたことに対しては、「評価点をつけることができない」として0点の厳しい採点を下しています。
提案全体については「リスク管理に重きを置いた守りの印象が強くて市民らにとって魅力的でなく、民営化のメリットを具体的に感じにくい」としたうえで、「該当なしが適当」と結論づけました。市のガス事業が黒字であることも判断の背景にあるようです。
基本コンセプト | 競争激化や人口減少で事業環境が厳しくなりつつあるという認識に基づく提案で、リスクに対して極めて慎重・保守的。市民の期待に沿った魅力的なものになっているとはいい難い |
事業継続の確実性 | ガス局の顧客減少は近年、最小限にとどまり、黒字経営が維持されているのに対し、事業譲渡後5年間に約2万件の顧客を失うとする事業計画は根拠も明白でないと受け止めた。ガス事業の永続的発展という基本的趣旨が十分にくみ取られているか、疑問が残った |
サービス水準の維持・向上 | 競争の激化が予想される中、民間のアイデアを生かした新サービスを期待したが、全体的に内容が具体性に欠ける |
ガス料金 | 利益が出た際には料金引き下げなどを検討すると提案されているが、もう一段具体的に踏み込んだ意思表示がなく、市民らが民営化のメリットを感じにくい |
地域経済への貢献 | 利益の一部の活用以外に具体的にイメージできなかった点が残念である |
公募手続き終了も民営化の方針変わらず
市は委員会の答申書を尊重し、優先交渉権者を該当なしとしました。東北電力など企業グループに加わった4社と再協議せず、公募手続きを終わらせています。委員会は廃止する方向です。
さらに、市は2020年度から5年間の利用者減少を約1,000件とする試算を公表しました。ガス事業の永続的発展を求める市の姿勢の根拠とする内容ですが、需要予測の期間が違うといっても市と企業グループの現状認識に大きな差があることが浮き彫りになりました。
今後は今回の公募をあらためて検証するとともに、公募条件を見直すべきかどうか、市議会で提案があったコンセッション方式による運営権売却などについて検討するとみられます。ただ、民営化の方向は変えない方針です。
市の杉山朋弘民営化推進室長は「市と民間事業者で意識のかい離があったのかもしれない。早急に検証作業を進めるが、どういう方向で民営化を進めればいいのか、検討に入りたい」と話しました。
事業譲渡不調は今回で2回目
市はガス事業民営化の譲渡先公募を2008年にも行い、東京ガス、東北電力、石油資源開発のグループが応募しました。しかし、リーマン・ショックの影響で辞退したため、公募を先送りしていました。
市は今回、満を持して2度目の公募に踏み切ったわけですが、応募してきたのは1グループのみ。委員会で企業グループから提案内容の説明を受けるなど、審議を続けてきました。
東北電力など4社は再度、民営化の受け皿に応募するかどうか明らかにしていません。2度に渡って事業譲渡が不調に終わった以上、最悪の場合、応募してくる事業者が1社もない状況が考えられます。
2007年 | 民営化検討委員会が発足 |
2008年 | 事業継承者の公募を開始し、東京ガス、東北電力、石油資源開発を中核とするグループが名乗り |
2009年 | リーマン・ショックの影響でグループが事業継承を辞退。民営化を先送り |
2019年 | ガス事業民営化推進委員会が発足 |
2020年 | 事業継承者の公募を開始、東北電力など4社のグループが応募 |
2021年 | 民営化推進委員会が提案内容を審査し、郡和子市長に「該当者なし」と答申。 市は答申通りに決定し、公募手続きをいったん打ち切ると発表 |
ガス市場の無風、行政判断に影響か?
事業売却の際、売り手側が事業の価値を高く評価したのに対し、買い手側の評価が低く、決裂することは民間でもよく見られます。今回の事業譲渡では市のガス事業だけでなく、ガス自由化に対する評価に官民で大きな食い違いが生じたように見えます。
ガス自由化は2017年にスタートしましたが、仙台市は地域外から大手の参入がなく、事実上無風状態でした。行政側がガス自由化の影響を過小評価していたとしても不思議ではありません。競争激化を不安視する民間事業者の視点にどこまで歩み寄れるのかが、今後の検討作業の大きなポイントになりそうです。
次回は三度、譲渡先公募の方式を取るのか、それとも運営権売却のコンセッション方式など新たな手法を採用するのか、決まっていませんが、民営化の行方は混とんとしてきました。
この記事を書いた人
政治ジャーナリスト
高田泰
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆している。