原発事故で全村避難の福島県葛尾村で葛尾創生電力が発足、村民の帰村を促進できるのか【エネルギー自由化コラム】
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2011年の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故で全住民が村外避難を余儀なくされた福島県葛尾村で、自治体電力の「葛尾創生電力」が誕生しました。太陽光発電と自前の送電線を村内に設置し、電力の地産地消を目指します。避難指示は2016年に帰宅困難区域を除いて解除されましたが、村民の多くはまだ村外にとどまったまま。葛尾創生電力には村の復興をアピールし、村民の帰村を促す狙いも込められています。
電力地産地消へ村と県の三セク会社が出資
葛尾創生電力は村が2,200万円、福島発電が2,000万円を出資して設立された自治体電力です。馬場弘至副村長が社長を務めています。当面は福島発電の社員らが中心となって運営する方針です。
自治体電力は群馬県中之条町、福岡県みやま市、奈良県生駒市など全国で相次いで設立されています。福島県によると、東日本大震災の被災地では相馬市が出資したそうまÌグリッドが2017年に誕生しました。葛尾創生電力は被災地で2つめの自治体電力です。
太陽光発電の電力を自前の送電線で村に供給
(福島発電提供)
葛尾創生電力は村中心部の落合地区2カ所、計3ヘクタールに約7,000枚、出力合計2,000キロワットの太陽光パネルを設置し、落合地区を中心に電力供給します。供給先は周辺の公共施設や民家などで、落合地区約1キロ四方に総延長約4キロの自社送電線を巡らせます。
太陽光パネルや送電網の設置工事は2019年度に着手し、2020年度に本格稼働させる計画。これにより、村中心部で使用する電力の50%程度を自給できると見込んでいます。
設置工事には、経済産業省のスマートコミュニティ導入促進事業を活用し、工事費の3分の2の助成を受けます。村によると、中山間地域でこの事業を活用するのは全国でも珍しいそうです。
新たな雇用創出や災害対策にも期待
太陽光発電による年間発電量は一般家庭600世帯に相当する250万キロワット時。村では震災前、年間約624万キロワット時の電力を消費していました。現在は住宅の太陽光発電などで4%ほどの自給率しかありませんが、本格稼働後は約38%まで増えることが見込まれています。
自給できない電力については卸売市場で調達し、村全体に供給することを視野に入れています。電力価格は自給、卸売電力からの調達分とも割安にする方針。別の事業者が村内の野行地区で建設中の風力発電などの保守点検も請け負い、最終的に8人前後の雇用創出を目指します。
本格稼働後は役場や学校といった災害時の避難施設で3日程度、使用電力をまかなえるようになることから、村は災害対策の面からも期待しています。さらに、電気自動車も2台導入して動く蓄電池として活用します。
収益が上がれば、一部を被災地の復興に役立てる方針。鈴木副社長は「被災地の復興を果たすために地域内に資金が循環する仕組みを作り、再生可能エネルギーで村の明日を切り開きたい」と意欲を見せました。
のどかな農村が福島原発事故で一変化
葛尾村は福島県浜通りの阿武隈高地に位置します。面積は東京都大田区と品川区の合計とほぼ同じ84平方キロ。標高1,057メートルの日山をはじめとする多くの山々に囲まれ、緑が豊かでのどかな山村風景が広がっています。
震災まで住民の多くが豊かな自然を生かした農林業で生計を立てていました。米作りも盛んで、震災前に村で暮らしていた約470世帯のうち、稲作をしていたのは約290世帯。まさに日本の原風景ともいえる場所だったのです。
人口は1955年の3,062人をピークに減少を続けていましたが、それでも震災直前の2011年3月には1,567人が住民登録していました。しかし、福島原発から直線距離にして村のほとんどが30キロ圏内。村の東部は20キロ圏内に入ります。福島原発で事故が起きると、村民の暮らしは一変しました。
帰村進まず、居住者は震災前の6分の1に
県内避難者 | 仮設住宅 | 61人 |
借上住宅 | 103人 | |
その他 | 851人 | |
小計 | 1,015人 | |
県外避難者 | 74人 | |
帰村者 | 260人 | |
避難指示解除以降の転入者 | 77人 |
出典:葛尾村住民生活課資料
福島原発事故のあと、村の東北部が帰宅困難区域、その他が避難指示解除準備区域に指定されました。一時は全村避難を余儀なくされ、村民は親類や友人、知人を頼り、福島県内だけでなく、全国に避難しました。
避難指示は2016年にようやく帰宅困難区域を除いて解除されました。しかし、村によると、10月1日現在で帰村した村民は260人にすぎません。三春町や郡山市、田村市を中心に1,015人が県内、74人が県外へ避難したままです。避難指示解除後の移住、転入者が77人いるものの、村に居住する人は震災前の6分の1にとどまっています。
復興庁と福島県、村が共同で2017年10月に実施した避難指示解除地域に住民登録していた人を対象としたアンケートでは、将来の希望も含めて「戻りたい」と答えた人が26.5%なのに対し、「戻らないと決めている」との回答が24.2%に上りました。中でも20代の若者は85.7%が「戻らないと決めている」と答えています。
帰村に対する不安では、放射線量や医療環境、生活の利便性を挙げる人が多くなりました。帰村しない理由としては49.4%が避難先で住居を構えたからとし、45.8%が避難先の方が生活の利便性が高いとしています。
帰村促進のアピールに葛尾創生電力を活用
村は避難指示の解除を受け、帰村促進に向けたさまざまな施策をスタートさせました。村と田村市のJR船引駅、診療所、商業施設をタクシーで結ぶ交通支援無料サービス、広域幹線バス「船引-葛尾線」の運行を始めました。
2018年4月からは村立幼稚園、小中学校が再開したほか、民間のガソリンスタンド、自動車整備工場、カフェ、美容室も営業を始めました。生鮮食品の無料配達サービスも続けられています。9月からは空き家空き地バンクを開設、村内の空き不動産を希望者に提供して移住や定住の促進につなげようとしています。
これらの施策に続くのが、葛尾創生電力のスタートです。地域内でお金が循環し、雇用の場が生まれることで、避難住民の帰村を促す狙いもあるのです。村復興推進室は「帰村を促すために、村の復興が進んでいることを避難中の村民にアピールしたい。新たな地元雇用も見込まれることから、葛尾創生電力のスタートは村にとって明るい話題だ」と期待しています。
福島県エネルギー課は「スマートコミュニティ事業で再生可能エネルギーの地産地消を推進するのは、県の方針と同じ。被災地復興にもつながる」と好意的に受け止めています。
経営安定へ地域の英知結集が必要
新電力は電力大手とガス大手の激しい競争の中で、思い通りに売り上げを伸ばせず、事業撤退や倒産に追い込まれるケースが相次いでいます。自治体電力も草分けの1つといえるみやま市のみやまスマートエネルギーが債務超過に陥るなど、苦境に立たされているところが少なくありません。
葛尾創生電力は地産地消に重点を置き、転売にも力を入れるみやまスマートエネルギーなどと状況は異なりますが、荒波の電力業界に乗り出す点に変わりありません。村の苦境を脱するためにも、地域の英知を結集して経営を軌道に乗せることが求められています。