福島新エネ社会構想を改定、再エネ100%工業団地など新事業を追加【エネルギー自由化コラム】
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2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から間もなく10年。深刻な被害が出た福島県を再生可能エネルギーで復興しようと、政府は福島新エネ社会構想を進めてきましたが、2021年度から第2フェーズに入ることになり、構想が改定されました。再エネ100%工業団地の建設など目玉事業も盛り込まれています。
家屋解体で無数の更地、かつての面影消えた浪江町中心部
福島原発から北へ約8キロ。浜通りの浪江町は原発事故で約2万1,000人の全町民が避難を強いられ、一時町民ゼロとなる事態に追い込まれました。あれから10年近くが経った今、浪江町役場がある中心部は無数の更地が生まれ、建物が点在する寂しい姿になっています。
中心部は2017年に帰宅困難区域を解除されました。しかし、避難生活が長く続いたせいか、除染で放射線量が下がり、生活インフラが整備されても町民の大半は戻ってきていません。浪江町企画財政課によると、帰還した人は約1,500人。原発事故前の1割に満たないのが現状です。
環境省が実施した公費による旧避難指示区域の家屋解体には、町内から4,000件近い申請がありました。帰還するかどうかを悩みぬいた末、これだけ多くの世帯が断腸の思いで家屋解体を決断したのです。その結果、駅前通りに商店街が続き、東京行きの高速バス乗り場が設けられるなど、双葉郡の中心地の1つに数えられた面影は消えてしまいました。
就労の場の不足も町民の帰還が進まぬ要因に
浪江町が2018年に実施した住民意向調査では、帰還しないと決めている人が50%に上りました。その一方で「帰還したい」と答えた人は全体の12%にとどまっています。避難先で仕事を見つけた人、故郷での生活に希望が持てなくなった人など、理由はさまざまです。
ただ、原発事故で働く場所が失われ、帰還したくても帰還できない人は少なくありません。町民の帰還を促し、地域を復興させるには、就労場所の確保が欠かせません。浪江町は2020年3月、政府よりひと足早く2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにするゼロカーボンシティを宣言し、環境条例の策定作業に取り組みながら、工業団地の造成を検討しています。
浪江町企画財政課は「原発事故の教訓を生かして再エネの町となり、工業団地で町民の働く場所を確保したい」と話しています。
構想実現会議で再エネ100%工業団地など追加
原発事故の教訓を生かして福島県全体を再エネ先進地にしようとする考えは、政府や福島県も同じです。オンラインで開かれた政府の福島新エネ社会構想実現会議では、2016~2020年度の構想第1フェーズが終了したあと、2021~2030年度を第2フェーズと位置づけました。
第2期は菅義偉首相が2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルを打ち上げたのも踏まえ、これまで進めてきた再エネ導入の拡大、水素社会実現に向けたモデル構築、スマートコミュニティーの構築を加速するとともに、新たな事業の推進を計画していることが報告されました。
中心となる事業は浜通りを中心に整備している総延長約80キロの共用送電線増強と、福島県内で生産された電力のブランド化、風力発電の導入拡大に向けた施設整備の補助などです。中でも風力発電は2020年度の約170メガワットを3倍の約530メガワットに増やすとしています。
そして、もう1つが再エネ100%の工業団地です。福島県エネルギー課は「財源措置なども決まっておらず、どこに整備するかは検討段階」とし、経済産業省も会議で整備場所を示しませんでしたが、浪江町の構想は当然、有力な候補になるとみられています。
- 再生可能エネルギーの導入量を大幅に拡大する
- 再生可能エネルギー関連産業の拠点を創出する
- 分散型再生可能エネルギーを基盤とした未来型社会の創出
- 福島再生可能エネルギー研究所の機能強化
- 再生可能エネルギー100%の工業団地造成
- 福島水素エネルギー研究フィールド活用による水素製造システム開発の加速
- 公共施設や駅などへの燃料電池導入
出典:福島新エネ社会構想実現会議資料から筆者作成
浪江町も独自に再エネ100%工業団地を計画
浪江町の構想は2020年に開所された水素研究施設の福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)の隣接地約10ヘクタールを造成して企業を誘致するものです。FH2Rは毎時1,200ノルマル立方メートルの水素を製造できる世界最大級の施設を持っています。
水素はパイプラインを通じて供給することが検討されています。実現に向けて浪江町はFH2R事業主体の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と連携・協力の基本協定を結びました。
工業団地はこの水素や市場取引の再エネ電力を活用して100%再エネによる事業運営を目指します。浪江町産業振興課は「福島新エネ社会構想に入るかどうかと関係なく、町として再エネ100%の工業団地整備を進める」と語りました。
福島県内の再エネ導入量は順調に増加
福島県によると、県内の風力、太陽光発電など再エネ導入量は毎年増え続け、2019年度に2,582メガワットに達しました。2011年度の363メガワットから7倍以上に増えた計算です。これまでは再エネ全体の8割以上を占める太陽光発電の急速な増加が導入量を伸ばしています。
県内の消費電力量と再エネ導入量を比べると、2016年度は消費電力量の70.4%に当たる再エネ導入量でしたが、2019年度は80.5%まで上昇しました。福島県は2025年度に100%を達成するとみています。
政府は福島県のこうした動きと歩調を合わせ、再エネ拡大を進める考えです。福島新エネ社会構想実現会議で経産省の江島潔経済産業副大臣は「再エネと水素で福島の復興に取り組みたい」、福島県の鈴木正晃副知事は「県としても取り組みを一層加速させたい」と意欲を示しました。
出典:福島県「再エネ推進ビジョン推進期間における主な取り組み」
楢葉町沖の浮体式風力は採算見通せずに撤去へ
ただ、再エネ拡大では大きな失敗例が出ています。福島県楢葉町沖約20キロに設置された浮体式の洋上風力発電です。経産省は2012年から3基を順次、設置しましたが、2020年6月に不採算を理由に1基を撤去、残る2基で商用運転に向けた実証実験を続けていました。
民間企業への払い下げも模索していましたが、長期的に採算が合う見通しが立たないとして、2020年末に福島県福島市で漁業関係者を集めた会合を開き、撤去の方針を示しました。設備稼働率が商用運転の目安となる30~35%に及ばなかったためです。
実証実験ですから、データの収集という目的は果たしました。しかし、福島復興の象徴として約600億円の巨額の予算が投じられています。福島市での会議では、漁業関係者から「税金の無駄遣いではないか」と厳しい声が上がりました。
新たな正念場を迎える福島県の復興
福島県内の被災地は原発事故の前から過疎と高齢化が進んでいたところが大半です。日本全体の人口が減少に向かい、高齢化社会の進行がさらに加速しつつある今、被災地の建て直しを急がなければならないように見えます。
そのためにはこうした失敗を2度と起こさず、再エネによる福島復興へまい進しなければならないでしょう。被災地の復興は新たな正念場を迎えようとしています。
この記事を書いた人
政治ジャーナリスト
高田泰
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆している。