森林資源が山村の未来を開く、SDGsモデル事業の岡山県真庭市と北海道下川町【エネルギー自由化コラム】
この記事の目次
中長期的に持続可能なまちづくりを推進する国内29のSDGs未来都市と、特に先進的な取り組みを実践する10の自治体SDGsモデル事業が、内閣府によって選ばれました。IoT技術を生かした農業のスマート化、次世代型路面電車整備によるコンパクトシティの推進など、幅広い事業が選ばれる中、岡山県真庭市と北海道下川町は森林資源を活用したエネルギー政策が高い評価を受けています。
かつての「美作ひのき」産地、木質バイオマスに活路
岡山県北部の真庭市は2005年、真庭郡と上房郡の5町4村が合併して誕生しました。市内の8割ほどを山林が占め、江戸時代から「美作ひのき」の産地として知られています。
基幹産業は林業と製材など木材関連産業ですが、林業が輸入材に押されて低迷を始めると、人口が流出していきます。ピーク時の1960年には現在の市域に約7万6,000人が暮らしていましたが、現在の人口は約4万6,000人。約3万人も少なくなりました。
合併で市が発足した当時から、過疎対策と林業の復活が最大の課題に浮上していました。そんな地域の苦境を打開するため、市は森林資源の木質バイオマスに目をつけたのです。
バイオマス発電で一般家庭2万2,000世帯分の電力生産
燃料に使用するのは、間伐材など未利用材と製材所で発生する端材で、これまで廃棄していたものばかり。発電所をフル操業するには年間14万8,000トンが必要ですが、未利用材の買い取り制度を設けることで確保しています。
発電した電力は新電力4社に販売され、年間24億円ほどの売電収入を上げているほか、市庁舎など公共施設にも供給しています。売り上げの一部は市に寄付され、地域振興事業や行政サービスの財源として使用されてきました。新規雇用が発電所で15人、関連事業を含めると50人に達する波及効果も出ています。
直交集成板の特産品化にも大きな期待
市がもう1つ力を入れているのが、CLTと呼ばれる直交集成板です。ひき板を並べたあと、木材の繊維方向が直交するように積層接着した木質材料で、高い強度と断熱性を持ちます。木材でありながら高層建築にも使用できることから、注目を集めている製品です。
輸入品に比べ、コスト面で不利な点もありますが、市は特産品として売り出そうと考えています。市営住宅や市庁舎前のバス停、保育園の建築、増築工事などで使用し、高品質をPRしています。
市は足元にある森林資源を活用して持続可能な社会を構築しようとしているのです。真庭市林業・バイオマス産業課は「今のところ、順調に成果を上げつつある。森林の恩恵を無駄なく使うことで市の再生につなげたい」と意気込んでいます。
全国29の自治体をSDGs未来都市に選定
SDGsは2015年、国連で採択された持続可能な開発目標で、2030年までに達成すべき17分野の目標が掲げられています。個々の目標は「再生可能エネルギーの利用促進」「貧困や飢餓の根絶」「女性の社会進出促進」「質の高い教育の実現」など幅広い分野にまたがります。
政府はこれまで、持続可能な社会の構築を進める地方自治体を環境モデル都市、環境未来都市に選んできましたが、SDGsの理念に合わせ、さらに一歩進んだ取り組みを実践している広島県、秋田県仙北市など全国29の自治体をSDGs未来都市に選定しました。
- SDGs未来都市に選ばれた29自治体
- 北海道、札幌市、北海道ニセコ町、北海道下川町、宮城県東松島市、秋田県仙北市、山形県飯豊町、茨城県つくば市、神奈川県、横浜市、神奈川県鎌倉市、富山県富山市、石川県珠洲市、石川県白山市、長野県、静岡市、浜松市、愛知県豊田市、三重県志摩市、堺市、奈良県十津川村、岡山市、岡山県真庭市、広島県、山口県宇部市、徳島県上勝町、北九州市、長崎県壱岐市、熊本県小国町
出典:内閣府地方創生推進事務局
このうち、特に先進的と評価した神奈川県、真庭市などの10事業を自治体SDGsモデル事業に選び、1件当たり最大4,000万円を補助しています。
北海道ニセコ町 | 環境を生かし、資源、経済が循環する「サスティナブルタウンニセコ」の構築 |
北海道下川町 | SDGsパートナーシップによる良質な暮らし創造実践事業 |
神奈川県 | SDGs社会的インパクト評価実証プロジェクト |
横浜市 | 連携による横浜型「大都市モデル」創出事業 |
神奈川県鎌倉市 | 持続可能な都市経営「SDGs未来都市かまくら」の創造 |
富山県富山市 | LRT(次世代路面電車)ネットワークと自立分散型エネルギーマネジメントの融合によるコンパクトシティの深化 |
岡山県真庭市 | 永続的発展に向けた地方分散モデル事業 |
北九州市 | 地域エネルギー次世代事業 |
長崎県壱岐市 | Industry4.0を駆使したスマート6次産業化モデル構築事業 |
熊本県小国町 | 特色ある地域資源を活かした循環型の社会と産業づくり |
出典:内閣府地方創生推進事務局
苦境に直面し、町民を挙げて町の将来像を模索
真庭市と同様に森林の活用でSDGs未来都市、自治体SDGsモデル事業に選ばれたのが、北海道北部の下川町です。人口約3,300人。面積の約9割を森林が占め、真冬は雪に閉ざされる土地ですが、行政視察が後を絶たないほど全国の自治体から注目されています。
昔は金や銀を算出する鉱山と林業の町として発展しました。1960年には1万5,000人を超す人口を抱えていましたが、鉱山が1980年代に閉山し、林業が低迷に陥る中、急激な減少が続きました。
このままでは地域社会が消滅しかねないという危機感から、1998年度に下川産業クラスター研究会を発足させ、町民を挙げて町の将来像を検討した結果、森林資源を活用した持続可能な社会構築を目指すことになったのです。
木質バイオマスを熱利用、公共施設などへ供給
その中で生まれたのが、間伐材など木質バイオマスのエネルギー利用でした。木質バイオマスを発電に利用している真庭市と異なり、町は熱利用を選びました。町内の公共施設で最もエネルギー消費量が大きかった五味温泉へ2004年、バイオマスボイラーを導入したのをはじめ、公共施設や町営住宅に次々にバイオマスボイラーを設置していきました。
現在は町内各地で11基のバイオマスボイラーが稼働し、30の公共施設などへ熱エネルギーを供給しています。町全体の熱エネルギー自給率は49%、公共施設に限れば64.1%に達しました。これで浮いた燃料費は子育て支援など町の施策に活用されています。
町営住宅では、バイオマスボイラーから出る温水を暖房や炊事、入浴などに活用しています。その結果、冬場で月に灯油だけで2万5,000円ほどかかっていた燃料費が1万円以上も削減できる家庭が出るなど、恩恵は住民にも広がってきました。
移住者も急増し、徐々に変わった地域の姿
町の姿勢に多くの若者が共感し、移住してくるようになりました。町は起業家育成のプロジェクトや人財バンクを設け、積極的に受け入れを進めています。その結果、人口減少に歯止めがかかり始め、わずかながら転入人口が転出人口を上回るようになってきたのです。2017年は28人の社会増を達成しています。
過疎と高齢化が進んでいた一の橋地区では、バイオマスエネルギーを活用した集住化住宅を建設、行政サービスを効率的に進められるコンパクトタウンを実現しました。移住の若者も一の橋地区に集まり、地区内の高齢化率は2009年の51.6%が2016年で27.6%まで緩和されました。
下川町政策推進課は「消滅寸前に見えた町の様子がすっかり変わった。今後は木質バイオマスの電力利用も検討し、持続可能な社会構築をさらに進めたい」と力を込めました。
自治体が持つ夢と目標、若者が集う魅力に
人口減少と高齢化の進行は一向に歯止めがかからず、消滅の危機を迎える地域は全国で珍しくありません。特に状況が深刻なのは山村です。山村の荒廃は水資源の不足や希少生物の絶滅、土砂災害の頻発などさらなる悪循環を招きかねない状況を生もうとしています。
しかし、真庭市と下川町の事例は典型的な山村という悪条件下でも持続可能な社会を構築できる可能性を示しています。自治体自身が夢と目標を掲げ、実行する姿に都会の若者が引き寄せられているのも共通点です。
残念ながら、地方創生はほとんどの自治体で成功していません。なぜ地方創生に失敗し、持続可能な社会が築けないのか、その答えを導き出すヒントが真庭市と下川町にあるように思えてなりません。