発電用燃料として注目集めるアンモニア、官民の研究開発が加速するそのワケは【エネルギー自由化コラム】
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農業用肥料などに使用されてきたアンモニアが、発電用燃料として注目を集めています。政府が2050年の温室効果ガス排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指す中、燃やしても二酸化炭素を排出しないことから、化石燃料を燃やす火力発電の後継と期待されているのです。産業界ではアンモニア発電の実用化を目指し、研究、開発の動きが加速してきました。
IHIがアンモニア混焼率7割を達成
横浜市磯子区新中原町のIHI横浜事業所から3月末、ニュースが飛び込んできました。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受け、2020年10月から進めてきた2000キロワット級試験用ガスタービンでのアンモニアと天然ガスの混焼実験で、熱量比率70%のアンモニア混焼を達成したのです。
アンモニアはこれまで、農業用肥料などに使用されてきましたが、燃えにくい性質を持つことから、燃料としての利用に目を向けられることがありませんでした。燃焼速度が天然ガスより遅いうえ、液体のアンモニアを燃焼器に投入すれば、その気化熱で燃焼器の温度が低下する難点を抱えているからです。
気体のアンモニアを燃焼器に供給する場合は、蒸発器や制御弁などの付帯設備を大型化しなければなりません。その結果、設備コストが大幅に増え、実用化のハードルを高くしてしまいます。設備コストを抑え、安定燃焼を実現することが、開発の大きな課題となっていたわけです。
一時的にアンモニア専焼にも成功
IHIは2018年、2000キロワット級ガスタービンで熱量比率20%の気体アンモニアを天然ガスと混ぜて安定燃焼させることに成功しました。同時に、窒素酸化物の発生量を抑えられることも実証しています。
しかし、混焼率をさらに高めなければなりません。そこで、2019年から東北大流体科学研究所の小林秀昭教授、国立産業技術総合研究所とともに、アンモニアを安定燃焼させる技術開発に取り組んできました。
選んだ方法は液体アンモニアを直接噴霧して利用するための燃焼器の改良です。燃焼器は噴射弁を改造して内部の空気をこれまで以上にかき混ぜる構造にしました。IHIが長年開発してきた航空機エンジンの技術を応用したのです。その結果、アンモニアの燃焼を安定化させることに成功し、混焼率70%を達成しました。
さらに、一時的ではあるものの、液体アンモニアの専焼にも成功しました。IHIはこの技術を活用してさらに研究、開発を進める方針で、「2025年をめどにしてアンモニア専焼ガスタービンの商用化を目指したい」と意気込んでいます。
JERAは自社生産へペトロナスと協業の覚書
国内最大の火力発電事業者であるJERAは、燃料用アンモニアの自社生産に向け、マレーシアの国営エネルギー企業・ペトロナスと協業の覚書を交わしました。ペトロナスはアジア有数のアンモニア製造事業者で、技術面で相互協力しようとしているわけです。
アンモニアの製造には、約100年前に確立された「ハーバー・ボッシュ法」と呼ばれる手法が使われています。天然ガスなどに含まれるメタンから分離された水素と、大気中の窒素を高温高圧で合成するものです。しかし、原料に化石燃料を使ううえ、合成の過程で多くのエネルギーを必要とするため、大量の二酸化炭素を排出するのが現状です。
しかし、再生可能エネルギーで水を分解して水素を作り、より少ないエネルギー消費で合成できるようにすれば、製造工程で二酸化炭素を排出しないグリーンアンモニアを作ることができます。
今回の覚書はJERAとペトロナスの協業でグリーンアンモニアの大量生産を目指しています。JERAは「ペトロナスとの協業で脱炭素社会への移行に寄与したい」と意欲的です。
狙いは石炭や天然ガスなどの後継燃料
JERAは2050年までにカーボンニュートラルを目指す目標を掲げています。国内に30近い火力発電所を持ち、石炭や天然ガス、石油といった化石燃料を燃やしています。設備容量は7044万キロワット。2019年度で年間約1億6000万トンの二酸化炭素を排出しています。
化石燃料を使用していたのでは、目標の達成は困難です。アンモニアを製造工程のエネルギーに再エネ由来の電力を使って自社生産することで、化石燃料を使った火力発電をアンモニア混焼からアンモニア専焼に切り替えていこうと考えています。水素の燃料利用も頭にあります。
JERAはNEDOが募集するアンモニア混焼火力発電技術の実証事業に応募しました。認められれば、愛知県の発電所で実験を進めることを検討しています。
多額の初期投資なしにエネルギー転用が可能
アンモニアといって思い浮かぶのは、刺激臭を持つ有害物質のイメージか、古くから肥料に使われてきたことでしょう。しかし、肥料以外にも火力発電所で出る窒素酸化物の還元剤、メラミン樹脂やナイロンの原料として利用されています。
そんなアンモニアに燃料としての役割が期待されるのは、燃焼させても二酸化炭素を排出しないからです。しかも、生産や運搬、貯蔵の技術、サプライチェーンが確立されているため、初期投資をそれほどかけずにエネルギー転用することができます。
将来的には水素の輸送媒体として利用することが考えられています。アンモニアは分子式が「NH3」で、窒素と水素の化合物です。大量輸送の難しい水素をアンモニアに変換して輸送し、利用場所で水素に戻そうというわけです。未来の水素社会構築にも欠くことができない存在なのです。
全石炭火力のアンモニア専焼で二酸化炭素を半減
経済産業省は当面、石炭火力でアンモニアを混焼し、二酸化炭素の排出を削減する方針です。しかし、その先ではアンモニア専焼に進み、カーボンニュートラルの達成に貢献させたい考えを持っています。
経産省によると、2018年度の国内二酸化炭素排出量は約12億トンで、うち電力部門が約4億トンを占めました。国内の全電力大手が持つ石炭火力で20%のアンモニア混焼を実現すれば、二酸化炭素の排出削減量は約4,000万トンに上ると試算されています。
これを50%に高めたら、削減量は約1億トンになります。石炭をすべてアンモニアに置き換えたとしたら、削減量は約2億トン。電力部門が排出している二酸化炭素量をざっと半分にすることができます。
20%混焼 | 50%混焼 | 専焼 | |
---|---|---|---|
二酸化炭素排出削減量 | 約4,000トン | 約1億トン | 約2億トン |
アンモニア需要量 | 約2,000万トン | 約5,000万トン | 約1億トン |
サプライチェーンの強化も今後の課題に
未来の主力エネルギーと期待される水素と比べると、コストがかからないのもアンモニアの強みです。経産省によると、発電コストは水素が1キロワット時当たり97.3円なのに対し、アンモニアは23.5円です。
ただ、課題も残っています。アンモニアの安定確保です。国内の全石炭火力で20%の混焼をするとなると、必要になるアンモニアの量は約2000万トン。これは世界のアンモニア輸出入量とほぼ同じです。専焼することになれば約1億トンのアンモニアが必要になります。
JERAのように各社が自社生産を目指さなければ、現在の生産量で足りなくなる恐れがあるうえ、供給不足による価格の高騰、肥料市場への影響も心配されます。専焼技術の開発だけでなく、サプライチェーンの強化を官民挙げて考えなければなりません。
この記事を書いた人
政治ジャーナリスト
高田泰
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆している。