新型コロナウイルス感染拡大、電力、都市ガス業界が懸命の防止対策【エネルギー自由化コラム】
新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない中、エネルギーの安定供給を目指す電力、ガス大手に大きな影響が広がっています。各社とも企業の稼働縮小や市民の自粛ムードによる売り上げ低下を心配しながら、従業員の感染防止対策に知恵を絞っていますが、感染者が出てしまった会社や海外との合弁会社設立に遅れが出たところがあり、対応に苦慮しています。
宿泊施設、飲食店向けの売り上げが減少
「工場の稼働減や商業施設の営業縮小で販売減少は避けられない。非常に憂慮している」。福岡、熊本、長崎各県の一部を事業エリアとする西部ガスの道永幸典社長は3月末の定例記者会見で販売減少が続く現状に危機感をあらわにしました。
西部ガスによると、記者会見の時点で新型コロナの影響で旅行者が急減したことにより、ホテルや旅館など宿泊施設向けの売り上げが2割以上、外食の自粛ムードが続くことで飲食店向けも1~2割の落ち込みが出ていました。
しかし、4月に入ると政府の緊急事態宣言が出たうえ、パナソニックや東芝、日産など大企業が相次いで一時帰休の検討を始めるなど製造業の稼働減少に弾みがつきそうな状況です。商業施設やホテル、飲食店の臨時休業も続出し、繁華街やネオン街は火が消えたようになりました。
このため、4月以降の売り上げはさらに落ち込みが予想されています。西部ガスは「状況を見るしかないが、厳しさが増している」と対応に苦慮している様子です。ただ、売り上げの減少は九州に限った話ではなく、全国共通の不安になっています。
関電は対策本部設け、制御室防護に全力
電力、都市ガス業界が最も神経をとがらせているのは、発電や都市ガス製造、供給指令の現場が新型コロナに汚染されることです。現在の政府方針では、感染者や感染者と濃厚接触した人は働けません。感染が連鎖すれば、電気や都市ガスの安定供給がストップしてしまう可能性があるのです。
関西電力は2月末に社長を本部長とする対策本部を設置し、各発電所で中央制御室への入室を制限したほか、制御室で働く交代勤務の職員が他の職員と接触しないよう専用のバスで通勤しています。
さらに、感染者や濃厚接触者が出る不測の事態に備え、制御室で働いた経験を持つ他部署の職員を選抜して万一の事態に備えた体制作りも実行しています。関西電力は「電力の安定供給に影響が出ることがないよう万全を期している」と述べました。
四電、東北電も当直班の感染防止へ対策
四国電力は愛媛県伊方町の伊方原子力発電所や徳島県阿南市の橘湾火力発電所、香川県高松市の本店給電指令室などで交代勤務の当直員が別の班の当直員と接触せず、当日の当直班以外が発電所の中央制御室や本店の給電指令室に立ち入れないようにしました。
このほか、感染者が出た場合に備え、バックアップ要因を選んで教育訓練を始めています。
四国電力は「濃厚接触者全員が働けなくなることが企業としての大きなリスクになる。状況の変化を見ながら、発電や給電の心臓部に影響を出さない方策を取っていきたい」と話しています。
東北電力も発電所の当直員らに専用の通勤バスを用意し、市民や他の職員との接触を避けるようにするなど、発電所の機能維持に全力を傾けています。東北電力は「発電所の中央制御室と給電指令所をウイルスから守ることが安定供給継続へ絶対に必要」と強調しました。
東ガスは引き継ぎにテレビ会議導入
東京ガスは都市ガス製造現場が機能不全に陥らないよう神経をすり減らしています。そこで、LNG(液化天然ガス)やLPG(液化石油ガス)運搬船から原料を受け入れる際、人と人が接触しないようにしました。
製造や供給、緊急保安の現場では、通勤時の自家用車使用を求めるとともに、交代勤務の当直班が引き継ぎをするときにテレビ会議を活用して職員同士の接触を最小限にとどめています。東京ガスは「製造、供給指令現場の感染防止を第一に考えている」と述べました。
大阪ガスは製造、供給指令の当直員に自家用車か指定タクシーでの通勤を求め、公共交通機関の利用を避けるよう指示しました。引継ぎへのテレビ会議導入も続けています。その他の職員は可能な限り、在宅勤務としており「都市ガスの安定供給に向け、これからも最大限の努力をしたい」としています。
福島原発は転勤者を別棟で経過観察
福島県大熊町、双葉町に立地する福島第一原発の廃炉作業を進める東京電力ホールディングスは、人員不足が原因とみられるボヤなどミスが続出していたことから、4月から約70人の職員を増員しました。
しかし、転勤してきた職員に感染者がいた場合、廃炉作業に支障をきたすことになるとして当面の間、転勤者と新入社員をスタッフが働く新事務本館ではなく、隣の協力企業棟に隔離して勤務させています。
感染者がいないかどうか確認する経過観察措置で、打ち合わせや会議はすべてテレビ会議を使用して進めています。東京電力ホールディングスは「対面で話せず、不自由かもしれないが、今のところ、業務に支障は出ていない」と説明しました。
西部ガスはロシアとの合弁会社設立に遅れ
感染防止策の実施で思わぬ影響が出たところもあります。西部ガスはロシアの天然ガス大手のノバテクと3月中に合弁会社を設立してアジア向けにLNGを販売する計画でした。しかし、新型コロナの感染拡大で担当者同士の往来ができなくなり、細かい部分の詰めに時間がかかっているのです。
合弁会社の設立は当初予定より、数カ月遅れる見通しです。道永社長は「協議は継続している」としており、早期に最終合意にこぎつけたい考えを示しています。
感染者が出た事業所は職員を自宅待機に
感染者が出た電力、都市ガス大手は事務所の消毒など対応に追われています。東北電力は青森県五所川原市にある送配電子会社・東北電力ネットワークの五所川原電力センターで2人の職員の感染が明らかになり、事務所を一時閉鎖して勤務する全職員を自宅待機としました。電線の保守管理など五所川原電力センターの仕事は青森市の東北電力ネットワーク青森支社などが代行しました。
大阪ガスは計3人の職員が感染しましたが、保健所の指示に基づいて事務所の消毒を進めるなど、顧客や他の職員に影響が出ないよう懸命になっています。
新型コロナの感染拡大で社会は大混乱に陥っています。経済面への影響はリーマン・ショックや東日本大震災をしのぐとみられ、日本全体を暗いムードが覆っています。そんな中、電力や都市ガスの供給が滞れば、混乱にさらに拍車をかけることになりかねません。事態が長期化する中、電力、都市ガス大手の苦悩は当分、続きそうです。
この記事を書いた人
政治ジャーナリスト
高田泰
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆している。