課題は先送り?経産省のエネルギー基本計画改定案【エネルギー自由化コラム】
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国のエネルギー政策の中長期的な方向を示すエネルギー基本計画の改定案を経済産業省がまとめ、7月にも閣議決定される見通しとなりました。太陽光や風力など再生可能エネルギーを主力電源化するという言葉が盛り込まれたものの、原子力発電を重要なベースロード電源とする従来の方針を踏襲しています。
将来のエネルギー政策をどうするのか、決断を先送りした形にも見え、環境保護団体や原発立地自治体などから批判の声が出ています。
3年ごとに見直される政府の基本方針
エネルギー基本計画はエネルギー政策基本法で政府に策定が義務づけられました。原子力や石炭、再生可能エネルギーなど電源別の長期的位置づけを盛り込んでいます。
改定はおおむね3年ごとに進められてきました。計画は閣議決定され、地方自治体や電力会社は計画の実現に向けて協力する責務を負います。現計画は2011年の東京電力福島第一原発事故後初の改定で、第2次安倍政権下の2014年4月にまとめられました。
原発を石炭火力などと並び、一定量の電力を安定供給する「ベースロード電源」と位置づけ、原発の再稼働へ道を開く一方、再生可能エネルギーを過去の計画を上回る水準で利用、普及を目指すとしたのが特徴です。
経産省の電源構成目標を踏襲
原発については重要なベースロード電源としながら、「可能な限り依存度を低減する」とした従来通りの方針をあらためて明記しました。電源構成目標を達成するには、原発を30基程度再稼働しなければなりません。
しかし、再稼働したのは、関西電力高浜3号機(福井県高浜町)、四国電力伊方3号機(愛媛県伊方町)などわずか8基。さらなる再稼働や新増設が必要になりますが、それらについては言及していません。
石炭火力も重要なベースロード電源
石炭火力の見直しにも踏み切りませんでした。「環境負荷の低減を見据える」という言葉が入っているものの、これまで通りベースロード電源と位置づけています。
現計画策定からの4年間で世界のエネルギー情勢は大きく変わりました。地球温暖化対策のパリ協定が発効し、二酸化炭素など温室効果ガス排出量が大きい石炭火力は、世界各国で逆風にさらされています。石炭火力の推進に力を入れる日本の政府、企業に対する批判の声も出るようになりました。
しかし、世耕弘成経産相は5月の記者会見で「そういった意見も踏まえて素案がまとめられたと認識している」と反論しました。
再エネ普及の具体的方策に踏み込まず
再生可能エネルギーに対しては「主力電源化に向けた布石を打つ」との文言を加え、発電コストの低減、固定価格買取制度で消費者負担が重くなっていることの改善を課題として挙げました。
再生可能エネルギーは技術革新とコスト低下が進み、他の先進国や途上国で普及が加速していますが、世界の潮流に乗り遅れないようにするための具体的な方策に踏み込んでいません。
今回の改定は骨格を変えないとする前提があったようです。改定案を検討した経産省有識者会議では当初から、現計画の踏襲を求める声が上がっていました。その結果、課題の先送りと受け止められても仕方がない改定案が生まれたのです。
消費者団体は原発依存を批判
改定案については、環境保護、消費者団体など再生可能エネルギーの推進を目指すグループだけでなく、原発立地自治体、政府内からも異論が出ています。
消費者団体の日本生活協同組合連合会は5月、国に改定案の見直しを求める要望書を提出しました。再生可能エネルギーを推進する施策をより具体化することを求めた内容で、使用済み核燃料、高レベル放射性廃棄物の問題が解消できない現実を重視し、原発に依存しないエネルギー政策への転換も訴えています。
日本生活協同組合連合会は「現状のままでは再生可能エネルギーの主力電源化は難しい。政府はより明確な方策を盛り込むべきだ」と批判しています。
環境団体から石炭火力に不満の声
環境団体のWWFジャパンも改定案に首をひねっています。原発と石炭火力に対する世界的な批判が高まっていることを受け、再生可能エネルギーを中心に据えるよう求めているのです。
特に石炭火力についてエネルギー効率の規制はあるものの、温室効果ガス排出基準の規制がない点を問題視し、縮小していく必要があると考えています。
WWFジャパンは「再生可能エネルギーは少なくとも35%以上の目標値を掲げるべきだ。地球温暖化や原発問題への対応は今すぐに着手する必要がある。今回の改定案は責任ある対応に見えない」と反発しています。
原発立地自治体は運転停止で経済がピンチ
稼働済み |
高浜3、4号機、大飯3、4号機、伊方3号機、川内1、2号機、玄海3号機 |
許可 |
柏崎刈羽6、7号機、高浜1、2号機、美浜3号機、玄海4号機 |
審査中 |
泊1、2、3号機、東通1号機、女川2号機、浜岡3、4号機、志賀2号機、島根2号機、東海第二、敦賀2号機、大間 |
出典:電気事業連合会ホームページ
原発立地自治体は福島の原発事故後、原発が相次いで停止し、地元経済は深刻なダメージを受けています。経済界には原発再稼働を望む声が強いのですが、原発再稼働や新増設にはっきりした対応を示さない改定案にはいら立ちも見られます。
福井県敦賀市は1970年、国内初の商業用軽水炉として、日本原子力発電の敦賀原発が営業運転を始めました。1号機、2号機とも2011年に運転を停止し、うち1号機は廃炉が決定、2号機は再稼働を申請しているものの、運転停止のままです。
敦賀原発は日本原電と関係会社などから1,000人以上が敦賀市などに常駐し、定期検査などの際に2,000人前後の作業員がやってきていました。しかし、運転停止で作業員数は半減、商店街などは売り上げが落ち込んでいます。敦賀商工会議所は「再稼働を進めるのか、原発を止めるのかはっきりしないまま、地元にしわ寄せがきている」と頭を抱えています。
外務省や環境省も改定案に批判的
敦賀市は渕上隆信市長が全国原子力発電所所在市町村協議会の会長を務めています。同協議会は5月、国へ原子力発電に関する要請書を提出し、国が原発を重要な電源として活用する方針を示すとともに、長期的な視点に立った新増設の方針を打ち出すよう求めました。
事務局の敦賀市原子力安全対策課は「国への要請活動は毎年、続けているが、エネルギー政策をはっきりさせてほしいというのは立地自治体全体の思いだ」と語っています。
このほか、政府内の非公式折衝で外務省は再生可能エネルギー比率の大幅引き上げ、環境省は石炭火力の積極活用に対する不満をぶつけたようです。現状維持を求める経産省の姿勢に政府内からも批判的な声が出ているわけです。
変革の時代と相反する経産省の対応
世界ではエネルギーの供給や使い方に対し、構造的な変化が起きつつあります。再生可能エネルギーを化石燃料に置き換える「脱炭素化」と、小規模の発電設備を蓄電池などと組み合わせて地産地消する「分散化」です。
しかし、経産省はエネルギーの安定供給ばかりに注目し、決断を先送りしているように見えます。このままで変革の時代を乗り切れるのでしょうか。