千葉の停電長期化で注目の無電柱化、日本だけがなぜ取り残されたのか【エネルギー自由化コラム】
9月に関東地方を直撃した台風15号で電柱がなぎ倒され、千葉県で大規模な停電が長期化したのを機に、電柱を地上からなくして電線を地中へ埋設する「無電柱化」にあらためて注目が集まっています。国土交通省や東京都は台風被害を受けて無電柱化の加速を打ち出しましたが、日本の無電柱化率は欧米やアジア諸国に比べ、大きく遅れているのが現状です。減災の観点からも対応を急ぐ必要が出てきました。
国交相は整備のスピードアップを表明
「台風15号の被災地を視察したところ、電柱が相次いで倒壊し、停電長期化の原因になっていた。台風の被害を受けにくい無電柱化を加速しなければならない」。赤羽一嘉国土交通相は9月、記者会見で無電柱化が遅れている現状に対し、危機感をあらわにしました。
台風15号では千葉県で約2,000本の電柱が倒壊や破損したと推計され、停電の完全復旧に半月もかかりました。地球温暖化の影響からか、近年は大型や強い勢力の台風が日本に上陸し、甚大な被害を与えるケースが増えています。
国交省は2020年までに全国の主要道路約1,400キロで無電柱化を進める計画を持っていましたが、2018年の台風21号で関西を中心に停電が続発したのを受け、さらに1,000キロの整備を進める方針を打ち出しました。今回は工事発注の一元化などを進め、これまで以上に整備のスピードアップを図ろうとしているのです。
東京都知事も島しょ部で整備促進の意向
東京都の小池百合子知事は国会議員時代から無電柱化をライフワークにしてきました。記者会見では「無電柱化が景観保全のみならず、防災面からも重要であることを認識していただけたのではないか」と述べ、あらためて推進の姿勢を示しています。
都はおおむね首都高速・中央環状線の内側に当たる「センター・コア・エリア」で都道の無電柱化を2019年度までに完了させる目標を掲げています。都安全施設課によると、2017年度末までに整備対象道路の96%で工事が終わりました。
島しょ部では、2019年度中に大島と三宅島で無電柱化の整備手法について検討する方針です。八丈島では実際にモデル路線の設計に入ります。本土より台風が接近する機会が多いと予想されることから、小池知事はスピードアップして事業を進める意向を示しています。
区分 | 整備対象延長(キロ) | 整備済み延長(キロ) | 地中化率(%) |
---|---|---|---|
全体 | 2,328 | 935 | 40 |
区部 | 1,288 | 744 | 58 |
センター・コア・エリア | 536 | 514 | 96 |
多摩地域 | 1,040 | 191 | 18 |
日本では2016年の法施行を機に整備に本腰
大阪市阿倍野区の阿倍野再開発地区や兵庫県姫路市の姫路城周辺、鹿児島県鹿児島市の天文館・城山エリア、京都市東山区の花見小路など再開発地域や観光名所を中心に整備されています。
ようやく本格的に動き始めたのは、2016年に無電柱化推進法が施行されてからです。
しかし、防災面を考慮してというよりは都市景観に配慮する色合いが依然として強く残りました。幹線国道以外では各地の観光名所やその周辺に力が注がれてきたのです。
ロンドンやパリは100%なのに、東京8%、大阪6%
国交省によると、国内の電線が張り巡らされた区間約240万キロのうち、2017年度末現在で無電柱化工事を終えたのは約9,900キロ。全体の1%にも届いていないのが現状です。都市別に見ても最も進んでいる東京23区で2016年度末の無電柱化率は8%、大阪市が6%にすぎません。
欧米の主要都市はロンドンやパリが既に100%に到達したほか、アジア諸国でも香港が100%を達成したのをはじめ、台北やシンガポールも90%以上に達しています。数字を見れば日本の遅れが一目瞭然です。
都市 | 国・地域 | 地中化率(%) | 調査年 |
---|---|---|---|
ロンドン | 英国 | 100.0 | 2014年 |
パリ | フランス | 100.0 | 2014年 |
レンヌ | フランス | 85.4 | 2010年 |
香港 | 中国 | 100.0 | 2004年 |
台北 | 台湾 | 95.0 | 2013年 |
シンガポール | シンガポール | 93.0 | 1998年 |
ソウル | 韓国 | 46.0 | 2011年 |
ジャカルタ | インドネシア | 35.0 | 2014年 |
東京23区 | 日本 | 8.0 | 2016年度 |
大阪市 | 日本 | 6.0 | 2016年度 |
しかも、日本の場合は電柱の数が最近も増加しています。1987年に3,007万本しかなかったのに、2012年には3,552万本になっているのです。通信回線の増加などから、毎年約7万本のペースで電柱が新たに立てられているのが原因です。
防災、観光など多方面でメリット
電線が都市の上空を覆うと、京都市や奈良市の美しい景観も台なしになってしまいます。訪日外国人観光客が日本へ来て驚くのは、至るところに電柱があり、景観を損ねていることです。
無電柱化の効果は景観面だけではありません。電柱がなくなれば歩道や車道をより広く使えます。日本の道路は路地に入ると狭いところが少なくありませんから、交通事故防止に大いに役立つはずです。
もちろん、台風で電柱が倒壊し、長期の停電などを引き起こす心配も減ります。台風の通り道に位置する日本にとって、無電柱化がもたらす防災効果は決して小さくないのです。
安上がりな都市整備目指し、電柱を選択
それではどうして日本で無電柱化が進まなかったのでしょう。欧米では裸電線による感電事故を防ぐため、早くから電線の地下埋設を進めました。地中の電線が風雪に強いことも無電柱化を推進する追い風になっています。
これに対し、日本では戦後復興で街並みを再建する際、既に安全性が高い被覆コーティング技術が存在していたため、感電事故を心配する必要がありませんでした。無電柱化工事を現在、東京都内で進めた場合、1キロ当たり5億円以上の費用がかかるとされますが、電柱を立てればはるかに安く仕上げることができます。1日も早く戦後復興をするために、安上がりの電柱を選択したわけです。
その結果、電柱と電線に覆われた街が当たり前になってしまいました。このため、多額の費用を捻出してまで無電柱化工事に踏み切る事例がなかなか出てこなかったのです。
京都の先斗町は最新技術で無電柱化に挑戦
特に市区町村道となると、財政難から手を出せず、国道や都道府県道に比べて大きく遅れています。東京都だと都内の道路総延長の9割、2万キロ以上が市区町村道ですが、無電柱化率は2%前後しかありません。
さらに、路地裏など道幅が狭い場所だと電線を埋め込む空間を確保できず、工事に着手できませんでしたが、それを克服する事例が京都市中京区の花街・先斗町で進んでいます。先斗町は狭いところで道幅が1.6メートルしかありません。そこで、電線を集約して埋設する工法を開発するとともに、地上に設置する機器を新技術で小型化しました。
工事は大型機械を投入できないことから、人通りが絶えた深夜に人力で2017年から進められています。そのため、工事に時間がかかっていますが、2020年度には四条通から北へ490メートルの区間で電柱が消える見通しです。
京都市道路環境整備課は「手探り状態で工事に入ったため、予定より遅れているが、できるだけ早く電柱のない先斗町にしたい」と話しています。千葉県で起きた台風被害を教訓に、国だけでなく、全国の地方自治体が重い腰を上げるときが来たようです。
この記事を書いた人
政治ジャーナリスト
高田泰
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆している。