全国で設立相次ぐ自治体出資の地域新電力、目指すはエネルギーの地産地消【エネルギー自由化コラム】
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奈良県生駒市で自治体と大阪ガスなどが出資した地域新電力「いこま市民パワー」が7月、設立されたのをはじめ、自治体出資の電力会社発足が全国で相次いでいます。公共施設などの電力調達コストを低減するとともに、エネルギーの地産地消を図るのが目的で、福岡県みやま市の「みやまスマートエネルギー」のように一般家庭向けに電力販売するところも増えてきました。
生駒市と大阪ガスなどが「いこま市民パワー」を設立
社長には小紫雅史生駒市長が就任しています。自治体と大手エネルギー会社による地域新電力の設立、市民団体の参加はともに全国で初めてといいます。
自前の電源は生駒市所有の太陽光発電6施設、小水力発電1施設と、市民エネルギー生駒が持つ太陽光発電3施設の合計534キロワット。これだけでは当初供給予定量の6%程度しかないため、不足分は大阪ガスから供給を受けます。
一般家庭向けの電力販売は2019年度以降を予定
販売は12月、生駒市内65の公共施設からスタートし、2017年度中で9,000万円の売上目標を掲げています。2018年度からは電力供給する公共施設を74施設に拡大、民間10施設にも販売を始め、6億円の売り上げを目指します。
一般家庭向けの販売は2019年度以降になる予定。当初目標は市内2,500戸程度。2021年度に5,000戸前後まで広げ、12億円程度の売り上げを確保する計画です。
価格は2017年1月時点の関西電力の料金より8%引きで算定する方針ですが、関西電力が原子力発電所の再稼働に伴い、電気料金引き下げを始めたこともあり、今後の状況を見守りながら決めるとしています。
収益は子育て支援や地域課題解決に還元する計画
生駒市は2014年、大都市近郊の住宅都市として全国初の環境モデル都市に選ばれました。それを機に、再生可能エネルギー活用による温室効果ガス削減、エネルギー地産地消による市外への資金流出阻止、収益の地域事業への活用を目指し、新電力設立を検討していました。
生駒市環境モデル都市推進課は「市民の声を聞きながら段階を踏んで販売を広げ、収益を地域活性化や市民サービスに利用したい」と意気込んでいます。
大阪ガスは安定した電力供給先を確保
大阪ガスにとっても、いこま市民パワーへの参画は大きなメリットがありそうです。いこま市民パワーが2017年度に必要とする電力は8,600キロワット。その94%を大阪湾岸に持つ天然ガス発電所から供給するからです。
大阪ガスは2016年の電力小売り全面自由化以降、関西電力から一般家庭の契約者を順調に奪い、7月12日現在で40万件近くを獲得しました。しかし、関西は首都圏とともに異業種からの新電力が相次いで参入した電力市場の激戦区。いこま市民パワーへの参画は小規模ながら安定した供給先を確保できたことになるのです。
大阪ガスは「エネルギーを売るだけでなく、地域密着のサービスで貢献したい」とだけ述べましたが、激化が予想される関西電力などとの競争を勝ち抜くため、顧客囲い込みに動いたとの見方も出ています。
鳥取市や群馬県中之条町でも家庭向け販売開始
経済産業省によると、小売電気事業者登録には6月末までに470件を超す申請があり、400社以上の新電力が登録されました。このうち、自治体が出資した新電力は、2016年10月現在の電力・ガス取引監視等委員会のまとめで約20社に上ります。
小売電気事業者名 | 出資自治体 | 提供可能区域 |
---|---|---|
みやまスマートエネルギー | 福岡県みやま市 | 九州 |
とっとり市民電力 | 鳥取県鳥取市 | 鳥取県 |
ひおき地域エネルギー | 鹿児島県日置市 | 鹿児島県中心 |
中之条パワー | 群馬県中之条町 | 中之条町 |
いちき串木野電力 | 鹿児島県いちき串木野市 | 九州 |
CHIBAむつざわエナジー | 千葉県睦沢町 | 千葉県 |
出典:経済産業省登録小売電気事業者一覧から筆者作成
北九州市が出資した「北九州パワー」、山形県出資の「山形新電力」、千葉県成田市と香取市が共同出資した「成田香取エネルギー」などで、自治体内の公共施設や民間の工場などに販売するケースが多くなっています。
その一方で、鳥取県鳥取市が出資する「とっとり市民電力」、群馬県中之条町出資の「中之条パワー」、鹿児島県日置市が出資した「ひおき地域エネルギー」など一般家庭向けに販売する地域新電力も出てきました。
新電力創設で雇用確保や地域活性化を期待
電源は自治体所有の太陽光発電施設、廃棄物発電、小水力発電を利用する例が多いほか、地域内にある民間の発電施設を活用する地域新電力もあります。
2017年に入ってからも、いこま市民パワーに加え、福岡県田川市が出資して6月に設立した「Cocoテラスたがわ」、京都府亀岡市が5月に公表した新電力設立計画などがあり、自治体出資の地域新電力がさらに増えてきました。
単に安く電力を供給するだけでなく、新電力の創設で地域に雇用を生み、収益をさまざまな住民サービスに活用する狙いを持っています。新電力で地域の活性化も狙っているわけです。
先進例が福岡県のみやまスマートエネルギー
市内の太陽光発電施設で発電した電気を中心に、九州電力や電力卸市場からも調達して市内の公共施設や一般家庭へ供給を始めました。一般家庭向け販売は2016年度中に市内1万4,000世帯のうち約2,000世帯に達しました。
さらに、2月から福岡県柳川市の公共施設への供給をスタートさせたほか、福岡県八女市や鹿児島県いちき串木野市、肝付町の地域新電力と電力融通を始めています。地域内だけでなく、九州全域に販売エリアを広げているわけです。
40人の新規雇用、生活支援サービスが好評
家庭向けの電力プランは九州電力より平均3%安く、市の上水道とのセット販売も展開しています。「オール電化プラン」「低圧電力プラン」など幅広いプランを用意しているのも特徴です。
高齢者の見守りなど生活支援サービスも始め、契約者に喜ばれています。関連事業も含めた新たな雇用が約40人生まれ、人口4万人足らずの小さな街は新電力の出現で活気づいてきました。
みやま市には全国から視察が相次ぎ、職員は対応に大わらわの状態。自治体出資の新電力の成功例として注目を集めているのです。
利益確保による経営安定へさらなる努力が不可欠
しかし、未来もバラ色というわけではなさそうです。1日の電力需要のざっと6割は九州電力や卸売市場から調達しています。調達コストは中東情勢など外部要因に大きく左右され、販売価格の上昇が顧客流出につながりかねません。
国内では新電力の倒産や自治体設置の風力発電撤去が後を絶たないほか、みやま市がモデルとするドイツでもシュタットベルケと呼ばれる地域エネルギー企業が経営破たんするケースが見られます。動きの激しいエネルギー業界に自治体がついていくのは大変なのです。
みやま市エネルギー政策課は「これまで順調に販路を広げてきたが、十分な営業利益を上げているわけではない。これからは利益確保にも力を入れていく」としています。後に続く自治体出資の地域新電力もこの点に十分、留意する必要がありそうです。
シュタットベルケとは……
電力、ガスなどエネルギーや水道、ごみ処理、通信など生活インフラの整備、運営を担うドイツの地域事業体。電力事業を手掛けるものだけで約900社あり、電力小売市場で約20%のシェアを占めている。