電力切り替え率が20%突破、それでも中小新電力の苦境は続く【エネルギー自由化コラム】
家庭向けの電力小売りが自由化された2016年4月以降の電力契約切り替え(スイッチング)率が全国平均で20%を上回っていることが、経済産業省のまとめで明らかになりました。
各社の値下げ競争が家計に恩恵を与えているものの、競争が激化する大都市圏とそうでない地方の地域格差が広がっているほか、競争の荒波に飲まれた中小新電力の苦境があらわになるなど、課題も浮上しています。
大都市圏ほど高い切り替え率
経産省の電力・ガス取引監視等委員会によると、2018年9月現在で家庭向け電力の切り替え件数は同じ会社内のプラン変更も含めて全国で約1,284万件に達しました。
切り替え率は20.5%。内訳は新電力への切り替えが約795万件、プラン変更が約489万件です。
出典:経済産業省電力・ガス取引監視等委員会資料から筆者作成
地域別で見ると、新電力の参入が多く、競争が激化している大都市圏ほど切り替え率が高くなりました。トップは中部電力管内の29.0%。関西電力管内の26.1%、東京電力グループ管内の22.5%が続き、三大都市圏の切り替え率が群を抜いています。
新電力への切り替えだけに限れば、多くの新電力参入で激戦が続く東京電力グループ管内の17.6%がトップ。次いで関西電力と大阪ガスが激しい販売競争を繰り広げている関西電力管内の16.3%が続きます。
地方に広がらない電力自由化の恩恵
これに対し、地方の切り替え率は伸びていません。最低の沖縄電力管内がわずか0.4%にとどまっているのをはじめ、北陸電力管内7.2%、東北電力管内8.2%、北海道電力管内13.9%、四国電力管内14.1%と、全体に低調なままです。
新電力への切り替え率だけをみると、プラン変更も含めた契約切り替え率がトップの中部電力管内は10.0%。プラン変更も含めると18.2%の中国電力管内は4.0%、16.1%の九州電力管内は8.5%にとどまっています。東京電力グループ、関西電力管内以外では、新電力は存在感を十分に発揮できていないようです。
新電力は市場規模が小さい地方への参入が少ないだけでなく、営業のウエートを大都市圏に集中させ、地方に力を入れていないケースが目立ちます。その結果、地方での競争が限定的となり、自由化の恩恵が広がっていないのです。地域格差の是正は解決しなければならない課題の1つに浮上してきました。
英国に見劣りする切り替え率
家庭向け電力販売全体に占める新電力のシェアは、契約件数ベースで12.7%、数量ベースで11.7%です。プラン変更も含めた切り替え率が20%を超えたのは、数字の上で1つの節目を過ぎたと見えるかもしれませんが、順調かどうかについては見方が分かれています。
経産省によると、欧州ではフランスやスペインなど自由化から5年以上経っても20%を突破できない国がある一方、電力自由化の成功例とされる英国では、1999年の自由化から1年で家庭向け電力に対する新電力のシェアが10%を超え、2年で25%に達しました。2015年時点では66%まで到達しています。ただ、この大半は既存の電力大手が他地域へ進出して獲得したものです。
電力・ガス取引監視等委員会は日本の切り替え率について「自由化を推進してきたさまざまな施策が功を奏し、徐々に成果を上げてきた」と胸を張っていますが、英国ほど活発に切り替えが進んでいるわけでないことは確かです。
新電力トップ3は都市ガス、通信大手
新電力で電力販売量が最も多かったのは、都市ガス大手の東京ガスです。新電力全体のうち20%のシェアを持っています。2位が11%を獲得した通信大手のKDDI、3位が10%を占める都市ガス大手の大阪ガスです。
1 | 東京ガス | 20% |
2 | KDDI | 11% |
3 | 大阪ガス | 10% |
4 | JXTGエネルギー | 6% |
5 | ハルエネ | 6% |
6 | SBパワー | 4% |
7 | サイサン | 2% |
8 | イーレックス・スパーク・マーケティング | 2% |
9 | ジェイコムウエスト | 2% |
10 | Looop | 2% |
このうち、東京ガスは1月末現在で165万件の契約を東京電力グループから奪いました。電気と都市ガスをセットで契約すると、2カ月の電気料金を15%割り引くキャンペーンなどが効果を発揮し、2020年度末までの電力顧客獲得目標を20万件上乗せした240万件としています。東京ガスは「さらにサービスを充実させ、1日も早く目標を達成したい」と述べました。
大阪ガスは都市ガス、KDDIは携帯電話とのセット販売という強みがあるほか、都市ガス大手は液化天然ガス(LNG)など大型火力発電所を持っています。
値引き競争の中、苦戦が続く自治体電力
しかし、中小の新電力は電力大手と都市ガス大手の値下げ競争の間で体力を擦り減らし、疲弊しています。多くが自前の大型発電所を持たず、市場から電力を調達しているからです。中でも苦戦を伝えられているのが、地方自治体の肝いりで電力市場に参入した自治体電力です。
大阪府泉佐野市などが出資する泉佐野電力は2018年、工場向け電力などの解約が相次ぎ、売り上げを5%ほど落としました。関西電力が原子力発電所の稼働後、電力料金を下げたためです。
自治体電力の多くは安価な電力を大量に生み出す原発や石炭火力、大型水力という基幹電力を持っていません。基幹電力を独占する電力大手に価格で勝負を挑んだところでとても相手にならず、じりじりと苦境に追い込まれているわけです。
みやまSEには調査委員会が発足
運営面でのトラブルも相次ぐようになってきました。福岡県みやま市が出資するみやまスマートエネルギーは労働基準監督署から職場環境の是正勧告を受けたほか、磯部達社長が社長を兼務する別の会社と取締役会の承認手続きを一部取らずに取引していたことが明らかになりました。
事態を重視したみやま市は弁護士らで構成する調査委員会を設立し、経営状況の精査に入っています。5月中に報告がまとまる見込みで、みやま市エネルギー政策課は「委員会の報告を待ち、健全な会社となるようにしたい」と厳しい口調で語りました。
奈良県生駒市が出資するいこま市民パワーは市と交わした随意契約に市民から疑問の声が上がっています。一部の住民が周辺自治体より割高な料金を負担しているのが問題だとして、小柴雅史市長に電気料金全額約2億5,000万円の返還を求めた監査請求は1月、退けられましたが、今後行政訴訟に発展する可能性が出ています。
新市場創設も効果は未知数
経産省は自治体電力をはじめとする新電力の苦境を救い、適正な競争を促すため、2019年度中に電力大手が安価な電気を供出する新市場を開設する方針です。価格は市場取引で決定されることになります。
しかし、欧州の市場のようにすべての基幹電力が供出されるわけでなく、電力大手有利の状況に変化がないという見方が一般的です。下手をすると、資本力があり、自前の大型発電所を持つガス大手などしか生き残れない可能性があるといわれています。抜本的な改革を視野に入れ、検討する必要がありそうです。
この記事を書いた人
政治ジャーナリスト
高田泰
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆している。